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コメント頂きました!(石塚秀哉/評論家)

もっとも小さい光

さりゆくものを見送るために、知っておくべきいくつかのこと texted by 石塚秀哉

このユニークで魅力的な映画『短篇集 さりゆくもの』について語るとき、まずはピンク映画の話から始めなければならない。

日活ロマン・ポルノの第一弾が公開されたのは1971年11月20日だが、それに遡ること約10年。1962年2月27日に公開された小林悟監督『肉体市場』(一説には『肉体の市場』)が、ピンク映画第一号といわれている。独立プロダクションが製作する低予算の成人映画、それがいわゆるピンク映画と呼ばれるものである。

ピンク映画誕生から50年の節目に、ピンク映画界の黒澤明とも称された渡辺護を監督に『色道四十八手 たからぶね』の製作が企画される。すでに映画界はデジタルでの撮影が主流となっていたが、ピンク映画は専門映画館がほとんどフィルム映写機しかないという事情もあり、富士フィルム社が2013年に撮影用・上映用フィルムの販売を中止してもしばらくは35㎜フィルム撮影アフレコによる製作が続けられた。

渡辺護といえば、1965年にピンク映画で監督デビューし、長きにわたりこのジャンルを牽引した名匠である。美保純や可愛かずみのデビュー作を監督したのも彼で、『色道四十八手 たからぶね』の撮影フォーマットも当然のように35㎜フィルムが選択された。

ところが、2013年12月24日に渡辺は大腸がんにより他界。脚本を担当した井川耕一郎が代わりに監督することとなり、同作は2014年10月4日に公開された。

キャストの一人ほたるはピンク映画を代表する女優の一人で、彼女は『キスして。』という自伝的映画で2013年に監督デビューしている。そういった経緯もあり、『色道四十八手 たからぶね』の撮影で余ったフィルムを使って、彼女は16分のサイレント映画『いつか忘れさられる』を2017年に完成させた。

だが、この短篇だけでの劇場公開はさすがに難しい。そこで、ほたるは面識のある監督たちに声を掛け、同様の尺とテーマで新作を撮ってもらい短篇集として一本の映画にまとめた。それが、『短篇集 さりゆくもの』である。

企画・プロデュースとしてほたるがクレジットされているのは、こうした理由からである。

それでは、各作品について触れて行こう。

ほたる監督『いつか忘れさられる』は、2017年に3日間で撮影された。極力説明を排しサイレントで撮られた作品は、まさにこの短篇集の冒頭を飾るに相応しい。これからの活躍を期待されている祷キララの出演も目を引くが、沢田夏子が出演していることに驚いたピンク映画ファンもいることだろう。

物語はほたる自身の体験がベースになっており、石原果林の役が現実におけるほたるの立ち位置だそうである。撮影を担当したのは、黒沢清監督作品でお馴染みの芦澤明子。

余談ではあるが、黒沢清の商業映画監督デビュー作もピンク映画で、芦澤明子はほたるが出演した沖島勲監督のピンク映画『したくて、したくて、たまらない、女。』(1995)でも撮影を担当している。

小野さやか監督『八十八ヶ所巡礼』は、2011年に7日間で撮影されたドキュメンタリー。ほたるから『短篇集 さりゆくもの』への参加を持ちかけられて、2020年に1日追撮されている。『いつか忘れさられる』同様、行き場を失っていた作品がこの企画によって日の目を見る格好になった。

本作の主役ともいうべき人物は、撮影された素材が編集される前にさりゆくものとなっている。期せずして人の生と死に寄り添うこととなった稀有な作品だが、不思議と穏やかな後味が残るドキュメンタリーである。

山内大輔監督『BRUISE OF NOBUE ノブ江の痣』は、2020年に1日撮りで製作された。山内は旺盛な創作意欲でVシネやピンク映画を量産している奇才であり、自ら脚本と編集も手掛ける。ほたるは何本もの山内作品に出演していて、本作でも主演を務めた。その他の出演者も、山内組ではお馴染みの面々である。

グロテスクなホラーは山内の真骨頂だが、商業作品とは異なり自費で撮った本作はまさしく彼の嗜好性が前面に出ている。何の制約もなく、シンプルに自分の撮りたいものを撮った。小品ではあるが、そんな山内の意気込みが伝わってくる。

パンチ力のあるバッド・テイストが、これでもかと言わんばかりに炸裂する作品である。

小口容子監督『泥酔して死ぬる』は、アニメーション部分を除き2020年に4日間で撮影された8㎜作品。この短篇集随一のアナーキーさを誇る、あまりにもフリーダムな作品である。

監督自らが出演してトップレスを披露し、実際彼女の身に起こった脳出血や酒好きをネタにした何とも人を食った作品。その作風がラジカルなまでに振り切れるのが、ラストに登場する三ツ星レストランの残飯が製作したアニメーション。

当初予定していたエンディングは8㎜フィルムがちゃんと撮影されておらず、苦肉の策でこのエンディングになったそうである。暴力的なまでに下品でカオスなこのアニメーションこそ、本作のラストには合っている。

サトウトシキ監督『もっとも小さい光』は、2018年に2日間で撮影された作品。近年のサトウ組で頻繁にタッグを組んでいる竹浪春花が脚本を担当している。ある意味、個性的な『短篇集 さりゆくもの』の中にあって、最もスタンダードに物語的なのが本作だろう。

サトウトシキは、佐藤寿保、瀬々敬久、佐野和宏と共にピンク四天王と呼ばれ、ほたる(葉月螢)を主演に何本もの傑作ピンク映画を監督している。この作品にもほたるは出演しており、彼女が演じる母親が本作におけるさりゆくものである。

だが、この作品にもリアルにさっていったものが出演している。自主映画、一般映画、ピンク映画、Vシネ、舞台とジャンルを横断して幅広く活動し、その演技力で将来を嘱望されていた櫻井拓也である。彼は、2019年9月24日未明に31歳の若さで急性心機能不全症により亡くなった。さりゆく母を見送る役を演じている櫻井が、現実ではすでにこの世をさっていることが何ともやるせない。

この作品を観ても、本当に惜しい役者を失くしたとつくづく思う。

また、スタッフの中にも本作の公開を待たずにさっていったものがいる。『いつか忘れさられる』で、編集を担当したフィルムクラフトの金子尚樹と制作応援の堀禎一である。

予備知識なく『短篇集 さりゆくもの』を観ても、もちろん何の問題もない。

ただ、これらのことを念頭において本作を観ると、また違った感慨がわいてくるのではないか。「人はさりゆくが、映画は残る」ということを、これほどまでに実感させてくれる作品もそうはないだろう。